3月19日、20日で、春の彼岸会をお勤めいたしました。

お説教には黒瀬町乃美尾・浄願寺の長尾量之師をご講師としてお迎えし、お取次をいただきました。

親鸞聖人が『教行信証』でお示しになられた「現生十種の益(げんしょうじっしゅのやく)」、すなわち浄土真宗における「ご利益」をテーマにお話しいただきました。
世間一般でいう「ご利益」とは、病気平癒や学業成就など、自分の願いが叶うことを指すことが多いかもしれません。しかし、浄土真宗のご利益とはそうしたものではなく、「我が命の尊さに気づかせていただくこと」であると教えていただきました。
阿弥陀如来のまことの心をいただいた者が、この世で得られる「10の利益(りやく)」について、長尾師は以下のような温かいお話やエピソードを交えてお話しくださいました。
現生十種の益(この世でいただく10のご利益)
- 見守られ、拝まれる尊い命(冥衆護持・諸仏護念・諸仏称讃) 私たちは夜昼常に、数えきれないほどの神々や仏様から見守られ、護られています。東井義雄先生が、ふと道端のお地蔵様が自分に向けて手を合わせていることに気づかれたように、「拝まない者も拝まれている」という尊い命を私たちは生きています。
- 弥勒菩薩と同じ徳をいただく(至徳具足) 「南無阿弥陀仏」のお念仏には、阿弥陀如来の計り知れないご苦労と徳が込められています。このお念仏をいただく私たちは、56億7千万年後に仏となられる弥勒菩薩と同じような、尊い徳をすでに備えさせていただいているのです。
- 如来の光に育てられる(転悪成善・心光常護) 阿弥陀如来は常に私たちを光で照らし、見守ってくださっています。見守られているからこそ、私たちの行いは自然と正しい方向へと転じられていきます。それはまるで、渋柿がお日様の光と風に当たって甘い干し柿へと育っていくように、如来の光によって私たちが育てられているということです。
- 喜びと感謝の日々(心多歓喜・知恩報徳・常行大悲) 妙好人の源左さんが、牛に荷物を背負わせたときに「すべてを仏様にお任せすればいい」と気づかれたように、仏様のお働きに気づかされると、私たちの生活は喜びと感謝の日々に変わります。日常の当たり前を喜び、その感謝の心が自然と周りにも伝わっていきます。
- 仏に成ることが定まった仲間(正定聚に住する益) 私たちは、「必ず仏に成らせていただく」ことが定まった仲間(正定聚)です。「弥陀弘誓(みだぐぜい)の船に『乗って』ではなく『乗せて』必ず渡しける」という親鸞聖人の和讃の通り、私たちが頑張ってしがみつくのではなく、阿弥陀様の方から私たちをすくい上げ、すでに安心の船に乗せてくださっているのです。
報恩感謝のお念仏
法座の終盤には、蓮如上人のご生涯と『御文章』に触れられ、「聖人一流章」について解説をいただきました。
浄土真宗の教えの根本は、自力の心を捨て、すべてを阿弥陀如来にお任せすることにあります。阿弥陀如来は「救うから安心しなさい」と、条件なしに私たちを引き受けてくださっています。だからこそ、私たちが称える「南無阿弥陀仏」は、「どうか救ってください」というお願いの言葉ではなく、救いに対する「ありがとうございます」という報恩感謝のお念仏なのです。
すべての命が仏になる尊い命であることに気づかされ、お念仏を喜ぶ日々を送らせていただきましょう。

どなた様も、ようこそのお参りでございました。次回の法座も、皆様お誘い合わせのうえ、ぜひご参詣ください。